井のカワズ線に乗って

 外が何やら賑わしい。ボロアパートの2階から外を眺めると、大きな車が止まっていた。大学生とその両親がたくさんの荷物を運んでいる。春だ。引っ越しの季節だ。

 この落ち着かなさ、この浮ついた感じ、大学生活が始まったばかりのあの頃を思い出さざるをえなかった。

 

 2年前の3月29日、8時29分発こだま東京行に乗って、私は駒場へと向かった。駒場というところに行くのは初めてで、わくわくしていた。

 渋谷というところにたどり着き、「井の頭線 渋谷→駒場東大前」というメモとにらめっこする。そのような線は見つからない。しばらくぐるぐる歩いたのち、そんなに急いでなさそうな通行人のサラリーマンに声をかける。

「井のカワズ線って、どこから乗れますか?」

井の蛙は私である。親切なことに、苦笑いしながら、井の「かしら」線であると訂正してくれ、乗り場を教えてくれた。

 こうして駒場にたどり着き、入学手続きを済ませ、アパートで荷物の入った段ボールを開け、開け、開け、そして収納した。

 引っ越しから入学手続き、入学式に至るまで、親は東京に来てくれなかった。私の通っていた駒場や住んでいたアパートを親が初めて見たのが1年生の11月である。信じられない。実家のほうでも引っ越しをしたばかりだったので、まあやむを得ないが、実家から出る最後のときくらいは甘えたかった気もする。

 そして4月から大学1年生となった。全くの新しい環境、今までと幾分性質の違う人々。帰り道で泣き、帰ってからも泣き、それでも必死に生きていた。随分ときつかったが、それを乗り越えたので、これから先どんな環境でも生きていける気がする。

 

 そうだ、そろそろ図書館に行こう!

 回想から戻ってきた私は外に出た。そして先ほど見かけた車を通りすぎた。通りすぎて、しかし何かに引かれて振り返ると、ナンバープレートは私の出身県のものであった! 思わずその一家に声をかけると、なんと私の高校の後輩であった! なんという偶然であろう。

 しばらく一家と話をしていると、私は実家を出たあの頃に戻っていた。私の地元からはるばるとやってきたあの車には、私の両親からの私への応援も乗って来たに違いない。